今週末は、浜北区の加工場で袋井市浅名の現場で使用する枠材の加工を進めています。
枠材は檜を使用する事が多い弊社ですが、今回も檜です。
取り付けてしまえばあまり分からない事なのかもしれませんが、とても目が詰んだ美しい材料です。
小口といわれる切り口を見るとその年輪の細かさが分かると思います。
時には、私の年齢など遥かに上回る樹齢の木を加工します。
例えば、江戸時代から生えていた木や戦争を経験した木もある訳です。
また、年輪が開いている年はきっと温暖だったのではないかとか、目の詰んだ材料はきっと過酷な環境で育ったのではないかなど、一本一本違う木目や産地によって違う木目を見ていると面白く極上の木目の材料などは使ってしまうのが惜しいくらいです。
修行時代、材料を粗末にするとよく年配の大工さんに怒られました。
今になって思えば、それはだた金銭的にというわけではなく、森に生えている木が年輪を刻み、木材となるまでの歳月を考えれば当然で、木切れすら処分するのが申し訳ないという事を、木の善し悪しをみて自分の手で加工するというモノづくりを続けるにつれ、日増しにそんな想いが強くなります。
私達職人は、そうした造り手側の想いを表現する事が下手で、木の家の魅力を伝えきれていないようにも思います。
「仕事は見て覚えろ!」はあながち間違いではないと思いますが、せめてお施主さんには伝えるべきですよね。
木の家に住んでいる人や、これから住みたいと思っている人には、年輪を刻んだ天然木にはその年輪の分だけ時を刻んでいるのだということや、職人がその一本一本違う材料をどう生かそうか常に試行錯誤している事を知ってほしいです。
そうすれば、柱や床板、枠材一つ一つにさえ愛着が湧き、もっと木の家が好きになるのでしょう。
私達も「伝える」ために発信していこうと思います。